〇「ヘルスコミュニケーションウィーク2025東京・本郷」についての情報は、会場確保の都合により、2025年3月より、提供を開始いたします。恐縮ですが、しばらくお待ちください。
〇日本ヘルスマーケティング学会誌の第2巻を掲載いたしました。
〇2024年9月28~29日、慶應義塾大学日吉キャンパス独立館にてヘルスコミュニケーションウィーク2024が開催されます。
今大会の統一テーマは、「生活の場と保健・医療・福祉をつなぐヘルスコミュニケーション」です。
ヘルスマーケティングとは、大まかにいうと、ヘルスコミュニケーションのための戦略のことです。ヘルスコミュニケーションを成功させ、人々の行動変容を促すためには、適切なヘルスコミュニケーションの戦略(=ヘルスマーケティング)が必要です。
通常のヘルスコミュニケーションは、図1の戦略(=通常のヘルスマーケティング)と戦術(=狭義のヘルスコミュニケーション)を組み合わせたものを意味します。通常のヘルスマーケティングは、狭義のヘルスコミュニケーション(戦術)に対して、戦略を与えます。広義のヘルスマーケティングは、通常のヘルスコミュニケーションとほぼ同様意味となり、戦略だけでなく、戦術もヘルスマーケティングに含めて考えています。
(通常の)ヘルスコミュニケーション=広義のヘルスマーケティング | |
---|---|
通常のヘルスマーケティング [戦略] 目標達成のための総合的な方策・資源活用・調整 (組織の責任者が立案) |
狭義のヘルスコミュニケーション [戦術] 与えられた戦略の下で、行動変容を起こす方策 (個別の担当者が実施) |
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以下、ヘルスマーケティングについて、丁寧に順を追って説明していきます。まず少し内容が混み入っていますが、ヘルスマーケティングがヘルスコミュニケーションの戦略であるという点、及び広義のヘルスマーケティングにヘルスコミュニケーションの戦術も含めて考えることがあるという点を明確に意識して、以降の説明をお読みください。特にヘルスマーケティングを戦術も含めた意味で使っているかどうかについては明示的に記載されていない場合も多く、またどこまでが戦略で、どこからが戦術かについては明確にしにくい場合もありますのでご留意ください。
ヘルスマーケティングとは、健康医療領域のソーシャルマーケティング(この言葉はすぐに次節で説明します)のことです。ヘルスマーケティングは、ソーシャルマーケティングの方法論・技法を活用して、人々に、疾病の予防・治療のために好ましい行動を起こすことを意味します(表1)。健康医療分野では、主として、非営利機関(官公庁、NPO、医療機関、研究教育機関等)がヘルスマーケティングを行っています。
名称・同義語 | 商用マーケティング(Commercial Marketing) |
概要 | 営利企業が、もの・サービスを売るための方法論、技法 |
行動変容 | 人々に自社のもの・サービスの購入行動を起こす |
主な実施主体 | 営利企業 |
名称・同義語 | ソーシャルマーケティング(Social Marketing) |
概要 | 狭義(=商用)マーケティングの方法論・技法を、社会をよくするために活用 |
行動変容 | 人々に社会的に好ましい行動を起こす |
主な実施主体 | 官公庁、非営利組織 |
名称・同義語 | ヘルスマーケティング(Health Marketing) |
概要 | 健康医療分野のソーシャルマーケティング |
行動変容 | 人々に疾病の予防・治療に好ましい行動(=健康医療の文脈で「社会的に好ましい行動」)を起こす |
主な実施主体 | 官公庁、非営利組織(NPO、医療機関、医療系研究教育機関・学会等) |
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ソーシャルマーケティングとは、営利企業がものやサービスを売るために活用している商用マーケティング(単に「マーケティング」というと通常「商用マーケティング」を意味します)の方法論・技法を活用して、非営利機関等が、人々の行動を、社会や本人にとって、より良い方向に変容させることによって、社会を良くすることをいいます。ソーシャルマーケティングの対象領域には、疾病予防、事故防止、環境保護、政治参加等がありますが、その多くが健康医療と関係しています。
ソーシャルマーケティングを理解するためには、まず商用マーケティングをよく理解するのが近道なので、まず商用マーケティングの説明をしてから、再度ソーシャルマーケティングの説明をすることにします。
商用マーティングとは、人々を、営利企業が、自社の製品やサービスへの購入行動を人々がとるように変えて、自社の収益を向上させる活動を意味します。商用マーケティングでは、人々に自社のもの・サービスの購入行動を起こすことが目標ですが、購入を強制することは勿論できないため、人々が自発的に行動を変えるように促します。以下、商用マーケティングの実施手順を解説します。
戦略・実施プロセス | 4Ps | 対応 | 4Cs |
---|---|---|---|
1)どんなものを売るか? | Product | ⇔ | Concept (Customer value) |
2)いくらで売るか? | Price | ⇔ | Cost |
3)どうやって宣伝するか? | Promotion | ⇔ | Communication |
4)どのような経路で売るか? | Place | ⇔ | Convenience |
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小さな企業では販売(営業)部門内でマーケティングがなされている場合もありますが、大きな企業では独立したマーケティング部門(営業企画部門等の名称の場合がある)が設置されています。広義のマーケティングに販売も含める場合もあり、また広義の販売にマーケティングを含める場合もあります(図2)。図2の広義のマーケティング=(広義のセールス)は、図1の(通常の)ヘルスコミュニケーション(=広義のヘルスマーケティング)に対応しています。また図2の(通常の)マーケティングは図1の狭義のヘルスマーケティングに、図2の(通常の)セールスは、図1の狭義のヘルスコミュニケーションに対応しています。
広義のマーケティング=広義のセールス | |
---|---|
(通常の)マーケティング [戦略] 目標達成のための総合的な方策・資源活用・調整 ①何を販売するかを考える。 ②どの程度の価格で販売するか考える。 ③宣伝法を考える。 ④どの販売ルートで販売するかを考える。 |
(通常の)セールス [戦術] 与えられた戦略の下で、より多く販売する方策 ①何を販売するかは決まっている。 ②どの程度の価格で販売するかは決まっている。 ③宣伝法は決まっている。 ④どの販売ルートで販売するかは決まっている。 |
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商用マーケティングは、営利企業がもの・サービスを売るための方法論・技法のことで、人々に自社のもの・サービスの購入行動を起こすことを目的としていました。これに対して、ソーシャルマーケティングは、非営利組織が、商用マーケティングの方法論・技法を応用して、人々に社会的に好ましい行動を起こすことを目的としています。ものやサービスを売って、利益を上げるために、営利企業は莫大な費用を商用マーケティングにかけています。このため、商用マーケティングの方法論・技法は高度に発達し、洗練されています。非営利機関が、人々によい行動をとるように働きかけるために商用マーケティングで開発された方法論・技法を活用することは非常に有効です。表3のソーシャルマーケティングの4Psと4Csを示します。表2と見比べてみてください。
商用マーケティングとソーシャルマーケティングは、技法・手法が違うというよりも、活用の感覚が異なります。以下には、コトラー、リーによるソーシャルマーケティングの教科書(Philip Kotler, Nancy R. Lee. Social Marketing: Influencing Behaviors for Social Good, 6th ed. Saga Publications 2019)から、健康医療分野のソーシャルマーケティングの具体的な例を抜粋・要約・翻訳して、引用します。(表4)
戦略・実施プロセス | 4Ps | 対応 | 4Cs |
---|---|---|---|
1)どんな行動を採用してもらうか? | Product | ⇔ | Concept (Customer value) |
2)いかに行動の障害を軽減するか? | Price | ⇔ | Cost |
3)どうやって広報するか? | Promotion | ⇔ | Communication |
4)どのような経路を使うか? | Place | ⇔ | Convenience |
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米国ケンタッキー州レキシントンの地域の子供に健康増進と肥満防止のために運動を促すプロジェクトで、国家レベルの「VERB ? It’s what you do」と連携。VERBは、何か略語ではなく、walk, run, climb, swim等の体を動かす動詞を意味する。
既に商用マーケティングとソーシャルマーケティングについて解説しましたが、マーケティングには、その他に「非営利組織のマーケティング」と「企業(法人)の社会的責任」があります(表5)。この2つについて、以下で説明します。ヘルスマーケティングは、健康医療分野のソーシャルマーケティングであると先に定義しましたが、広義のヘルスマーケティングには、健康医療分野の非営利組織のマーケティングと企業の社会的責任を含むと考えています。日本ヘルスマーケティング学会では、健康医療分野のソーシャルマーケティングを中心に扱いますが、健康医療分野の非営利組織のマーケティングと企業の社会的責任も研究の対象と考えています。
名称 | 主な実施者 | 人々に求める行動(認知)変容 | 収益の利用目的 |
---|---|---|---|
商用マーケティング Commercial Marketing *通常のマーケティング |
営利企業 | 製品・サービスの購入行動 | 出資者への収益の配分 |
ソーシャルマーケティング Social Marketing |
非営利機関 | 社会的に好ましい行動 | それ自体の収益はなし |
非営利組織のマーケティング Nonprofit Marketing or Nonprofit Organization Marketing |
非営利機関 | 製品・サービスの購入行動 金銭的・物的・人的支援の提供行動 (寄付、ボランティア等) |
社会貢献活動に活用 |
企業(法人)の社会的責任 Corporate Social Responsibility (CSR) |
営利企業 | 企業イメージの認知変容 | それ自体の収益はないが、企業イメージ向上により、製品・サービスが売れる⇒出資者への収益の配分 |
*上記のソーシャルマーケティングと企業の社会的責任を合わせたものを広義のソーシャルマーケティングという場合がある。営利企業内部でソーシャルマーケティングという言葉を使う場合には、企業の社会的責任のことを指している場合が多い。 |
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健康医療領域では、営利企業ではなく、官公庁、非営利組織(NPO、医療機関、医療系研究教育機関・学会等)が活動の主体となっています。これらの機関では、下記のようなマーケティングを行っています。
非営利機関でも製品やサービスの対価をとる場合は多くあります。医療の提供、健康診断の実施等や売店による販売、テレビの提供があります。製品・サービスの購入行動を起こすためのマーケティグは、収益に対する考え方を除いては、商用マーケティングとほぼ同等と考えてよいと思われます。商用マーケティングでは、得られた収益は出資者に還元され、非営利機関のマーケティングでは得られた収益は社会貢献に活用される点が異なります。
非営利組織が、社会的貢献活動を行うため必要な資源の調達は、製品・サービスの販売以外に、金銭的(会費や寄付等による金銭)、物的(現物による寄付)、人的(ボランティア活動の提供)な支援を人々から獲得することが必要です。このために、人々が金銭的・物的・人的支援を提供するよう、行動を変えるための活動が非営利組織のマーケティングとして重要です。
上記2つの活動は、ソーシャルマーケティングとは区別されており、むしろ非営利組織がソーシャルマーケティングを行うための資源の調達活動といえます。広義には、これらの活動も非営利組織がソーシャルマーケティングを実施するために必要な活動なので、広義のヘルスマーケティングに含めて考えます。
Corporate Social Responsibility(CSR)は、主に営利企業が、営利活動だけでなく、社会貢献活動(=企業の社会的責任)を行うことにより、企業イメ―ジを向上させることを指します。企業イメージの向上が、間接的に、製品・サービスの販売の増加、より優れた人材の採用、既存の企業人材の士気向上をもたらすことが期待されます。CSRは通常、営利企業の社会貢献活動に使われるため、通常、「企業の社会的責任」と和訳されていますが、英語のcorporationは、実際には非営利の研究教育機関、医療機関、NPO等も含めた法人を意味します。このため、健康医療関係の研究教育機関、医療機関、NPO等が、本来の目的とは異なる社会貢献活動を実施する場合にも、CSRは適用可能です。従って、広義には、健康医療関係の非営利機関の実施するCSR活動もヘルスマーケティングに含めるものとします。
健康医療分野では、時代の推移に伴って、様々に問題となる疾病が変わってきましたし、また社会や政治に関する人々の意識も変わってきています。戦前は、抗生物質がほとんどなく、栄養不足、劣悪な衛生状態もあり、急性感染症により多くの人が死亡していました。また民主主義に関する人々の意識や行政に対する権力の抑制も不十分でした。この時代には、内務省の所管する警察や内務省からその後独立した厚生省所管の保健所による取り締まりが中心でした。
戦後の高度成長期になると、社会が豊かになり、栄養・衛生状態が改善し、抗生物質・ワクチンも普及して、急性感染症による死亡は著しく減少しました。しかし、新たに高度に発達した鉱工業による労災が大きな問題となっており、公衆衛生では産業保健がもっとも大きな課題でした。労災の防止のためには、企業は就業規則等にもとづいて、就業者に安全義務遵守のための教育や健康診断を義務付けることができました。戦後になって政治制度は、民主的にはなりましたが、行政や医師の権威主義は根強く残っていました。
戦後も低成長期になると、産業保健体制の改善や産業構造の変化(鉱工業からサービス業へ、工場の海外移転)とともに酷い労災は減ってきました。一方で、がん、脳血管障害、心臓病等の生活習慣病対策が重要な課題となってきています。急性感染症や労災対策と異なり、生活習慣病対策では、何等かの形で行動の順守を要請できる法律や教育によることは困難です。生活習慣病の予防では、対策が必要となる時点では何も症状がなく、リスクも感じにくいことが多く、自発的な行動変容を促すことは困難なため、マーケティングの方法論・技法にもとづく行動変容のための戦略が重要となります。このために人々の考え方、特性の調査(マーケティングリサーチ)を充分に行った上で、促す行動変容の概要や対象マーケットを決め、ポジショニングを行った後に、マーケティングの戦略・実施プロセス(4Ps、4Cs)の立案を行う必要があります。
法律 | 教育 | マーケティング | |
---|---|---|---|
実施者と対象者の関係 | 実施者が上位 | 実施者が上位 | 対等 |
主な実施者 | 警察・保健所 | 企業・学校・医療者等 | 医療者等 |
対象者の従う意思 | 意思に関係なく強制 | 自ら就業・就学を希望 | 自発意思のみ |
実施者の強制力 | 刑罰 | 就業規則/学則等 | なし |
政治体制 | 非民主的 | 民主的、権威的 | 民主的、非権威的 |
主な時代 | 戦前 | 戦後高度成長期 | 戦後低成長期 |
公衆衛生の課題 | 急性感染症 | 労災・公害 | 生活習慣病 |
医療者・患者関係 | 父権主義 | 父権主義 | 共同意思決定 |
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振り返ってみて、医療や公衆衛生の現場は、「教育」と「マーケティング」のどちらに近いでしょうか? 医療機関は、服薬指導を守らない患者に何か強制的な措置(診療拒否等)ができますか?官公庁は、市民に健康維持・増進のために運動を強制させることができますか? 理論的には法律、罰則を設ければ可能ですが、現在の政治的な状況では実現は非現実的です。 また医療機関等において、医療者が患者・市民を「教育する」という上から目線の思考は受け入れられなくなりつつあると考えます。 患者・市民の考え方・感覚・個性・日常感覚に合わせた適切なコミュニケーション戦略(=マーケティング)を立てて、自発行動を促す必要があると考えます。 以上のように現実の医療や公衆衛生の現場で必要なのは、教育というよりもマーケティングです。 しかしながら、非営利組織が主体となって運用されている健康医療分野では、マーケティングという言葉さえ、あまり知られていません(本当は、非営利組織でもマーケティングは非常に重要なのですが)。 これからは、健康医療分野でのマーケティングの教育・研究、及び知識、方法論、技法の普及が必要であると考えます。
以下の図3、図4に各々「social marketing」、「health marketing」で検索されるPubMedの文献数を示します。全世界では、各々ある程度の周期で増減しながらも着実に文献数が増加しており、近年は指数関数的に増大していることがわかります。またソーシャルマーケティングの考え方や手法が導入されるにつれて、ヘルスマーケティング(=健康医療領域におけるソーシャルマーケティング)という言葉が考案されて、次第に使用されるようになってきたこともわかります。
図5に「ソーシャルマーケティング」で検索される医学中央雑誌収載の文献数を示します。あまりに数が少ないので縦軸を見やすいよう変えたのが図6です。2005年以降に文献があらわれるようになりますが、海外と異なり、文献数は少なく、近年も増加傾向になく、停滞しています。また「ヘルスマーケティング」で検索される文献は、実質的にゼロでした。
図3.「social marketing」で検索されるPubMedの文献数
図4.「health marketing」で検索されるPubMedの文献数
図5.「ソーシャルマーケティング」で検索される医学中央雑誌の文献数
図6.文献数(縦軸)の縮尺を変えた「ソーシャルマーケティング」で検索される医学中央雑誌の文献数(図5)
お問い合わせ先メールアドレス:healthmarketing-admin(at)umin.ac.jp