秋山美紀 1) 、 福吉潤 2) 、 鎌田真光 3) 、 奥原剛 4) 、瓜生原葉子 5) 6) 、 的場匡亮 7)
1) 慶應義塾大学 環境情報学部
2) 株式会社 キャンサースキャン
3) 東京 大学 大学院医学系研究科公共健康医学専攻健康教育・社会学分野
4) 東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野
5) 同志社大学商学部
6) 同志社大学ソーシャルマーケティング研究センター
7) 昭和大学 保健医療学部
近年、健康課題の解決にソーシャルマーケティングを用いた実践と研究の蓄積が一段と進んでいる。 2023年9月に福島で開催された本学会の第2回となるシンポジウムは、社会における人々の健康行動を促すソーシャルマーケティングの活用がテーマであった。3名のパネリストが、人々の健康の維持と増進のために望ましい行動への変容を促すために社会で実装した 様々な知見・手法を、最新の研究エビデンスとともに紹介した。各パネリストの発表を踏まえ、 指定討論者と参加者で、 研究エビデンスをどのように社会に実装していくのか、また実践をどのように研究にしていくのかといったことを議論した。今後も、健康行動とソーシャルマーケティングに関する洞察を深化させていくことを目指したい。
福吉潤
株式会社キャンサースキャン
何をすると健康に良いかということに関するエビデンスは研究の成果として年々蓄積される一方、それが明らかになったからと言ってそれを多くの人が実践するかと言えば全くの別物である。例えば、がん検診を受診することで死亡率の減少につながることは明らかであるにもかかわらず、がん検診受診率は低いままである。低い受診率を改善すべく、がん検診の普及啓発を国・地方自治体・企業等がピンクリボンキャンペーン等の普及啓発を行ってきたおかげで、がん検診の重要性に関する認知度は向上して きたが、認知度の向上ほどに肝心の受診率は上昇してこなかった。このいわゆるエビデンス・プラクティスギャップを埋めようと、ソーシャルマーケティングを活用し受診行動を引き起こそうとする新たな取り組みが行われてきた。そのソーシャルマーケティングの中心は、 STP Segmentation,Targeting, Positioning )や WHO/WHAT/HOW などのマーケティングのフレームワークを用いたコミュニケーション開発である。単に健康行動(がん検診の受診など)の重要性を連呼するようなコミュニケーションでは なく、ターゲットのインサイト(深層心理)に基づくメッセージングを行うことでより効果的・効率的に健康行動に導く手法である。
鎌田真光
東京大学 大学院医学系研究科公共健康医学専攻健康教育・社会学分野
身体活動の不足は公衆衛生上の課題であり、その対策として ソーシャルマーケティングの活用も 始まっている 。 島根県雲南市の多面的地域介入は 、高齢者を対象に含む 身体活動促進の論文としては唯一ソーシャルマーケティングのベンチマーク基準全てを満たし 、高く評価されている。 また、これは地域レベルで身体活動促進に成功した世界初のクラスターランダム化試験であり、米国政府の身体活動ガイドライン報告書 や 国際学会の声明で紹介されている。また、プロ野球パシフィック・リーグ は6球団公式アプリ 「パ・リーグウォーク」 を 2016年より無料配信している(7万ダウンロード超)。ファン心理を核に ゲーミフィケーションで楽しみながら活動的になれるよう設計されている。準実験デザインの検証ではアプリ利用者の歩数が増加し 、保健事業でリーチが不十分であった男性や壮年期、様々な社会経済状況の人々に利用され、これらの層でも歩数 が増加した 。利用開始時の運動の行動変容ステージが前熟考期の者も約 1/4と 、健康以外の領域と連携する利点が示された。 今後、質の高い普及施策を広げるために、 マーケティングを活用できる人材 の育成も必要と考えられる 。
奥原剛
東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野
健康行動を促すこれまでのコミュケーションは、多くの場合、病気回避の欲求に訴えてきた。だが、人は病気を回避することだけに関心を向けて生きているわけではない。進化心理学者は、人が7つの根源的欲求(自己防衛、病回避、協力、地位・承認、配偶者獲得、配偶者維持、親族養育)を持つと考える。例えば、 幼い子供 のいる成人の主な関心は子育てである(親族養育の欲求)。 筆者は、COVID19ワクチンの接種勧奨、 HPV ワクチンの接種勧奨、子宮頸がん検診の受診勧奨の介入研究で、親族養育メッセージが病気回避メッセージと同程度に行動意図を高めることを確認した。 健康行動を促すコミュケーションは、病気回避の欲求だけでなく、受け手が中心的に持つその他の欲求に訴えてもよいと考えられる。
瓜生原葉子1) 2)
1) 同志社大学商学部
2) 同志社大学ソーシャルマーケティング研究センター
ソーシャルマーケティングは、ソーシャルグッドの実現に向けて「行動変容」を促すことがその定義であり、目的でもある。では、どうしたら行動変容の実効性を高めることができるのだろうか。複数の研究によると、「交換」を中心としたより多くのベンチマーククライテリアを含む施策を立案することが,実効性を高めると示唆されている。したがって、そのような施策を立案・実行できるソーシャルマーケティングの専門家の育成が不可欠である。どのような人材育成が人々の健康の維持と増進に寄与するのか議論が深まることが望まれる。
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